普代石碑巡り11

撮影日 2017/08/01
撮影場所 力持(ちからもち)地区
コメント 石碑巡りシリーズ11 〜石碑群〜

普代村の国道45号線、力持(ちからもち)地区にある普代トンネル付近には8つの石碑が並べられています。

 

春日大明神(かすがだいみょうじん)

安政3年建立(1856年):春日権現(かすがごんげん)とも呼ばれる。

春日大明神は神仏習合(しんぶつしゅうごう)の神様です。

※神仏習合:もともと日本にある神の信仰(神道)と仏教の信仰が1つになった宗教の考え。

 

 

金花山(きんかさん)

文久元年建立(1861年)

こちらの石碑が普代村にある由来は調べることはできませんでした。

しかし、金花山で調べると、鳥取県 西伯郡西伯町に金花山という山があり、その頂上には熊野神社や八国寺があることがわかりました。

熊野神社は日本の山岳信仰のひとつ「熊野信仰」を祀る神社で、全国各地に存在します。

※山岳信仰:山を神聖視し崇拝の対象とする信仰。

 

その他にも、京都府にある金花山宝泉寺(きんかやまほうせんじ)などがありました。

宝泉寺は護摩行・護摩祈祷で知られており、護摩のご利益は「調伏」「息災」「増益」といわれているそうです。
調伏:悪を退散させて障害や魔障を除くこと
息災:災いを止めて平安をもたらすこと
増益:幸福や利益をもたらすこと

 

鹿嶋大明神(かしまだいみょうじん)

安政3年建立(1856年)

茨城県鹿嶋市 鹿島神宮を総本社とし、武甕槌神(タケミカヅチノカミ)を祭神とする神社。

雷神、剣の神とされ、千葉県香取市香取にある香取神宮の祭神、経津主神(フツヌシノカミ)と共に武芸の神として、武術の道場には「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた二軸の掛軸が対になって掲げられていることが多いそうです。

普代村では豊凶や運勢、吉凶を予言したり、商神、疫病退散の神様として祀っていたそうです。

 

 

牛馬童子(ぎゅうばどうじ)

大正13年建立(1924年)

牛馬童子といえば、和歌山県 熊野古道にある牛馬童子像が有名であり、平安時代の花山法皇(かざんほうおう)の旅姿を偲んで彫られた石仏です。

花山法皇は、藤原氏の策略にあって出家とともに皇位を失い、呆然とした心境のまま都を離れ熊野御幸に旅立ったとされます。※御幸:法皇が外出すること

この石碑は、その花山天皇を偲んで建立された石碑だと思われますが、

普代村では、牛馬の無病息災を祈る意味もあり、時代が進むにつれ死馬の供養を目的で建立されたりと、墓標的な意味をもつものも出てきたそうです。

 

 

鵜鳥神社(うのとりじんじゃ)

昭和7年建立(1932年)

鵜鳥神社は、平成元年(1989年)から数えて、およそ千年の昔から、普代村 海抜424メートルの卯子酉山(うねとりさん)山頂のひとつに鎮座する古社で「うねどり様」の呼び名で知られています。

この神社は、大漁と安全祈願、縁結び、安産の神様として古くから信仰されています。

源義経北方伝説の地でもあり、いにしえを今に伝える古社である。

 

 

西廻順礼塔(さいかいじゅんれいとう)

嘉永6年建立(1853年)

西廻順礼塔は西国三十三所を指し、その信仰を示したものと思われます。

西国三十三所は、近畿2府4県と岐阜県に点在する33か所の観音信仰の霊場の総称で、これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼行であり、西国三十三所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされています。

 

 

黒森神社(くろもりじんじゃ)

昭和8年建立(1933年)

黒森神社は、岩手県宮古市に存在する神社です。

重要無形民俗文化財の黒森神楽が舞われるほか、『権現様』と呼ばれる岩手県の指定文化財にもなっている獅子頭が多数保存されています。

三陸沿岸に伝わる神楽の中心として知られ、鵜鳥神楽も黒森流とされているそうです。

 

 

秋葉大権現(あきはだいごんげん)

安政2年建立(1855年)

この石碑は、静岡県浜松市にある秋葉神社の信仰を示すもので、秋葉大権現とは、秋葉山の山岳信仰と修験道(しゅげんどう)が融合した神仏習合の神様です。

※修験道:山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の宗教。

火防・火伏せの神として広く信仰されました。

 

普代村でも、対象の神社はなくとも信仰心からこれらの石碑を建立したのかもしれません。

お近くにお越しの際は是非お立ち寄りいただき、その意味を酌み合掌してみてはいかがでしょうか。

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