普代石碑巡り14

撮影日 2017/08/23
撮影場所 鵜鳥神社(うのとりじんじゃ)
コメント 石碑巡りシリーズ

山乃神(やまのかみ)」昭和41年1月12日建立

猟師、炭焼、木こり等、山中で働く人々を守る神、大山祇神(おおやまつみのかみ)を祀った石碑。

大山祇神は別名、和多志大神(わたしおおかみ)、酒解神(さけとけのかみ)とも呼ばれ、山を領する神として広く信仰されてきました。

農民の山の神は、春に山から里へ降りてきて田の神となり、秋に山へ戻って山の神となるということから、田の神も山の神も同じとのこと。

別名の和多志大神の「わた」は海の古語で、海の神を表します。すなわち、山、海の両方を司る神になるそうです。

このことから、普代村では漁民も山の神を祀るようになったと考えられます。

この石碑は以前、普代村堤にありましたが、現在は鵜鳥神社(うのとりじんじゃ)に移設されました。

この他にも普代村各地に「山神」「山神宮」「山神社」と、同様の意味が込められた石碑が多数存在します。

 

そして、普代村で“山の神”といえば鵜鳥神楽(うのとりかぐら)の舞のひとつ、「山の神」があげられます。

山の神が降り、厄難の祓いを行う「山の神」の舞は、鵜鳥神楽を代表する舞です。それは、太鼓が鳴り響く中、真っ赤な面を付けた「山の神」が全身のあらゆる筋肉を緊張させ、ひねり、跳ね、回る。まるで指先にまで神が宿っているかのごとく荘厳で勇ましい舞です。
神を崇める舞と、民を楽しませる舞。鵜鳥神楽は神聖な伝統芸能だけでなく、今もなお愛され、地域の人々の生活の中に生き続ける神楽です。

 

そしてもうひとつの別名「酒解神(さかとけのかみ)」

酒解神は、初めて酒を作って神々に献じた酒造の祖神とされるそうです。

 

山の神、田の神、海の神、そして鵜鳥神楽の山の神。

普代村とは切っても切り離せない縁の深い石碑のようです。

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