普代石碑巡り15

撮影日 2017/06/21
撮影場所 普代村馬場野(ばばの)
コメント 石碑巡りシリーズ

普代村馬場野(ばばの)の一角にある

西國巡禮塔(さいごくじゅんれいとう)」

地蔵大菩薩(じぞうだいぼさつ)」

湯殿山(ゆどのさん)・月山(がっさん)・羽黒山(はぐろさん)」

これら石碑とお地蔵様。

今回の石碑巡りでは、この2つの石碑とお地蔵様をご紹介します。

 

西國巡禮塔(西国巡礼塔:さいごくじゅんれいとう)」

天保2年9月11日(1831年)建立


西国巡礼とは、西国三十三所を意味します。西国三十三所は、近畿2府4県と岐阜県に点在する33か所の観音信仰の霊場の総称で、これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼行であり、現在も多くの参拝者が訪れています。

三十三」とは、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)が衆生を救うとき33の姿に変化するという信仰に由来し、その功徳(神仏のめぐみ)にあずかるために三十三の霊場を巡拝することを意味し、西国三十三所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされています。

観世音菩薩(かんぜおんぼさつ):大乗仏教において特に崇拝されている菩薩の名。世間の人々の救いを求める声を聞くとただちに救済する求道者。

馬場野の「西國巡禮塔」は、この三十三所を巡礼するには困難なこの地から遥拝することにより、その御利益にあずかろうとこの石碑が建立されたと思われます。

 

 

地蔵大菩薩(じぞうだいぼさつ)」

昭和16年旧9月24日(1941年)建立


地蔵菩薩は、仏教の信仰対象である菩薩の一尊で、お地蔵さん、お地蔵様の愛称で親しまれています。

「地蔵」はサンスクリット語(インドの古代語)で、クシティガルバといい、クシティは「大地」、ガルバは「胎内」の意味で、意訳して「地蔵」と呼んでいるそうです。

大地が全ての命を育む力を持っている(蔵する)ように、苦悩の人々を、その無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられました。

「菩薩」は如来の次の位の者で、悟りを求め、衆生を救うために多くの修行を重ねる者です。

地蔵菩薩は、日本における民間信仰では道祖神としての性格を持つと共に「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶ菓子が供えられています。

道祖神:路傍の神のことを指し、集落の境や村の中心、村内と村外の境界や十字路、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神。

そして、お地蔵様にはよく見られるのが、赤い頭巾やよだれかけ。

お地蔵様は子供を守る神様として信仰される事が多く、自分の子供が元気に育つようにと、よだれかけを奉納するのだそうです。

赤という色は「清く」「正しい」そして「正直な色」と信じられており、魔よけとして赤ちゃんやお地蔵様に赤いものを着せる風習があります。還暦でも赤いものを身につけますが、これは干支が一巡りして赤子に還るという意味で、お地蔵様や赤ちゃんが赤いものを身につけるのと同様の意味で贈られているそうです。

文字通りまさに「(こよみ)が(かえ)る」です。

 

 

湯殿山(ゆどのさん)・月山(がっさん)・羽黒山(はぐろさん)」

昭和7年4月8日(1932年)建立


湯殿山・月山・羽黒山は、山形県村山地方・庄内地方に広がるの山の総称で出羽三山(でわさんざん)」と称されます。それぞれに湯殿山神社月山神社出羽神社(いではじんじゃ)が鎮座します。

出羽三山は、修験道を中心とした山岳信仰の場として現在も多くの修験者、参拝者を集めています。

修験道(しゅげんどう)は、山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰(山を神聖視し崇拝の対象とする信仰)が仏教に取り入れられた日本独特の宗教です。

普代村では、この山岳信仰とこの地を祀るために建立されたと思われます。

 

それぞれに違う意味を持ちながらも、馬場野の一角に祀られているこれらの石碑とお地蔵様。

お近くをお通りの際、もしくは興味のある方は、これら石碑、お地蔵様の意味を解し、一度合掌してみてはいかがでしょうか。

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